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社会人が荒む理由は働いてみると身をもって知ることに 大人はしんどい。

 

「働く人は大体みんな疲れて切っている表情をしているな…。」

「社会に出るとほとんどの人はああなってしまうの?」

学生から見るとそんな風に思う人が居るかもしれない。

 

俺も学生の頃、ふと電車でサラリーマンを見た時たまにそう思った。

あれから数年が経ち現在は自分もサラリーマンになったから知れたことだ。

“社会人が荒んでいく理由は、自分で働いてみると痛いほどよくわかる”という事実。

もちろん全てのサラリーマンがそういうわけではない。

しかし体感9割くらいの人はちょっとずつ荒んでいく自分を感じているはず。

 

 

社会で働くのは人間にとって心折れる設計になりやすい

 

学生から社会人になると、色んな事が変わってくる。

今までは受け身でもある程度大丈夫だったが、働くとなるとそうもいかない。

能動的に動くことを求められるが、勝手に自分で動くとまた厄介事になったり。

行動に対して責任が伴ってくるため、下手な行動に打てないなんてことも。

もちろんその見返りは給料や自分の成長となって帰ってくるのだが。

ただそうは言いつつも、やっぱり世の中のサラリーマンは疲れたあるいは無表情が多い。

平日朝の満員電車や、昼頃に屋外一人でご飯を食べているサラリーマンを見てみよう。

大体そういう顔つきしてることが多いから。

 

そんな表情を浮かべているということは、己がマイナスな感情を持っていることが殆ど。

根源にあるのは子供の頃に比べて、社会経験から心がどんどん荒んでいくからだと感じる。

いろいろ考えさせられることが多い、働いているとね。

 

 

 

気を遣わなきゃいけないことが多すぎてしんどい

 

そもそも人ってなんで心が荒んでいくんだろうね?

その人によって環境も変わるし、性格も違うから全員一概にこれっていえるわけじゃない。

ただ大多数に当てはまりそうなことなら見当がつく。

 

この働く人が荒んでいく理由って、まさしく精神的な余裕を生みにくい状態が長く続いているからだよ。

色んな事や周りの人に対して気を遣って、そのうえでやらなきゃいけないことはしっかりこなす。

ただいくらやってもそうそう感謝はされずできてあたり前という話。

その話をとんでもない量積み上げて、ようやく周りから評価されることもある。

もちろんされない場合もある。

ひたすら期待に応えるべく、相手からの要求に応え続けるのだ。

 

仕事ってやり方やゴールが完全に決まっていない場面が殆ど。

どういう方法で、どういう結果が一番いいのかをずっと模索するイメージかな。

一つのお題に対してこれ!っていう正解がないのだ。

つーか正解にたどり着くには相手を納得させる必要があるんだけどね。

当然人間は相手のことが全てわかるわけでないので、一発で通ることはあんまりない。

延々と試行してようやく一つの正解にたどり着ければって感じ。

もちろん終わるまで作業を終了することは出来ず、何時間・何十時間も費やすわけだ。

こんなの続けていると、中々本人に精神的な余裕って生まれてこないと思わない?

ヴィーゼ
いつになったらゴールにたどり着くか分からない状況って、軽く絶望だよね…。
コール
ぼくはもう疲れたからお休みするよ~…、なんて簡単にできそうにないな~…。

 

作業中だって常にそれに没頭できるわけがない。

周りの人との連携はもちろん、取引先から電話で応対しなければならなかったり…。

その度に作業は中断してしまい一向に進まない。

よしんば進んで完成したとしても、そんな簡単にその仕事が終わるとも限らない。

期限までに出来なければできそこないの烙印を押され、できたとしてもまぁ普通みたいな扱い。

これでどうやって精神に余裕を保てというのか。

 

疲れたサラリーマンはそのプレッシャーと闘い続けて、心がちょっとずつ荒れているんだ。

だから知らない人に寛容じゃなくなってくるんだよね。

自分を守るのに精いっぱいだし。

この状態こそ、まさに社会人が荒んでいる証拠といえよう。

もちろん俺だって例外じゃなかった。

 

 

 

社会人の心が乾いていく具体的な流れ

 

特に学生の皆には知っておいてほしい。

社会人になると得るものも大きいが、代償も大きいという事実だ。

今の社会で雇われの身だともしかしたら失うほうが多い人もいっぱいいるかもしれん。

保障される部分も多いが、全く楽でもなんでもない気がする。

 

 

自分の時間が大幅に減る

 

大学生は時間に余裕があることが多いが、社会人は活動時間の大半を労働に費やす。

当然ながらその時間は会社のために尽くさなければならない。

遅刻は当然アウトだし、帰りも定時で帰れるかはその日や仕事量次第という社会の中で。

仮に帰れたとしても家に着く頃には夜であることが多いだろう。

通勤に時間は取られたくないが、人によってはどうしても消費せざるをえないのも拍車がかかる。

 

特に平日はかなり時間が限られる。

Oomchiは甘ったれているため、いまだに実家暮らしだからそれでも時間は多いほうだ。

一人暮らし+残業が多い人は家なんて寝るためだけに帰るしかなくなる。

そうはなりたくないし、それって本当に人生を謳歌しているといえるのか…。

変わりに給料はもらえるけど、人によって余裕の差がわかりやすく現れるからな。

あまり言及できない繊細な話だし。

 

 

 

責任が強くなりプレッシャーに晒される場面が増える

 

さっきも同じような話をしたね。

例え新人だろうが働く以上責任は絶対について回る。

仕事はそういうものと言われれば、こっちは何も言い返せぬ…。

 

出来なかったら次は頑張ろうは本当に最初だけ。

どんどん出来てあたり前レベルを要求され、応え続ける必要がある。

出来なければお荷物扱いで居場所はどんどんなくなってしまう。

逆にできすぎると仕事量のしわ寄せがどんどん自分によって来やすい。

だからどちらも極端になればなるほど自分が辛くなっていくのだ。

明らかにできすぎるほうは割にあってない…。

 

上手い具合に手を抜けるのが賢いのは重々承知している。

ただそうすると俺の場合、出来ないほうにぶれてしまいやすいから結局頑張るしかない。

そういう人って結構多いんじゃないかな。

手を抜いても問題ない感覚って、そうそうつかめるものじゃないから行きつくまでが大変だよな。

だから何とか応え続けるしかないが、どんどん精神が枯れていくわ…。

ラガン
枯れた名無しの水平思考?

 

 

学校に行きたくない”の比じゃないくらい”会社に行きたくない”

 

上記のような経験を重ねると、段々頭に浮かぶのが”会社に行きたくない”という感情。

恐らく雇われて会社で働く人は誰しもいっぺんは思ったことがあるはず。

いっぺんどころか数百回、数千回かもしれないが。

 

まだ行きたくないなぁ…レベルなら、感情が若干不安定で済むくらい。

これがどんどんひどくなると体の異変として現れ始める。

朝ベッドから起きようとしても金縛りみたいになったまま。

通勤しようと外に出たら、急に呼吸のスピードが速くなる。

何も悲しいことを考えていないのに涙が勝手に出てくるなど。

一般的にこのサインは体が限界に来ていると考えられるよね。

 

俺はまだ行きたくないと思うくらいでとどまっていたことが多かった。

ただ社会人一年目は全体的に体調を崩しやすかったのを覚えている。

俺の場合だと、出金した直後に腹部への激痛が走ってトイレから出られなくなる。

仕事中にみぞおちあたりが急に締め付けられて、いつもより呼吸がしづらくなる。

あるいは左肩~左腕の途中辺りに呼吸をすると締め付ける痛み+腕のしびれが起きたり。

歩いていると急に足の力が抜けてよろけたりなんてことを体験した。

呼吸関連については病院でサッ受診をしてもらったこともあった。

 

医者が言うには

「体の内部に悪くなってなさそうなところはなかった。十中八九ストレスからくるものだ」

なんて内容だった。

まぁ嫌なことを考えるすらも嫌だったから、いつの間にか思考をシャットダウンさせていたが…。

思ったよりも精神的に疲れがあったみたいだ…。

これも自分自身が荒み始めていたからかもしれない。

 

 

コレが社会人におけるひとつの現実です

 

実際に働き始めてみれば、よくわかる。

そんなに誇張された事実ではないことを。

社会人は楽しいと思う人もいるにはいる。

が、少なくとも今の自分にそれは当てはまっていない。

やっぱり心がちょっとずつ荒くなっている感じあるもん。

働くってしんどいよ。

 

学生時代は「働きたくねえな~ゲラゲラ」なんて笑ってたけど、実際は殆ど笑えない。

いつのまにか「…。」てなっていることがあるので、一つの事実として受け止めてほしい。

 

 

今回はここまで。

あんまり日本では感情を表情を出しすぎない風潮がある。

しかしそれを差し置いても、多数の人がああいう表情をしているとやっぱ荒んでるんだな。

うーん、なんだかすくわれない。

 

あれ、俺ってこんなんだったっけ…。