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【過去が大体原因】相手のことを気にしすぎる人はもっと自分のことだけ考えると楽になるぞ!。気にすんな。

  • 2018年4月20日
  • 2019年2月17日
  • 考察

 

 

 

 

人と接するうえでは、面白いことや新たな発見がある反面距離感を掴めなかったり自分が放つ言葉を選びすぎて上手くいかないことが様々ある。これって本人にとって結構なストレスの下になってしまうのよね…。

 

有体に言ってしまえば「人とうまく打ち解けられない…。」って感じの悩みを持つ人はいっぱいいるはず。そう、まさにOmochi自身もそうでございます。外から見ていると、もっと喋ればいいのにと思われるかもしれないが、やりたくてもできない理由があってね…。今回は打ち解けられない理由や対処を考えていきたいと思います。行きましょう。

 

 

 

相手は何を考えているのか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コミュ障?

 

世の中に、人とうまく関係が築けない所謂“コミュ障”に苦しむ人は多いよね。

もちろんOmochiも人見知りな性格から、これに悩まされているのである。

 

人と話そうにも、円滑な会話を大きく阻む壁となって自分に立ちはだかる。

これって、本人にとって非常に大きな悩みの種となる場合がとても多い。

特に社会人になってから、そんな自覚を持ち始めた人って実は意外といるんじゃない?

Omochiの場合は、高校生くらいの頃からもしかして?って思ってたけど…。

その頃から前兆は今思うとあった気がする。

 

コミュ障はもちろんだが、人と話すのが苦でない人も選ぶ言葉の円滑なコミュニケーションが取れないって場合もある。

やはり言葉の持つ力って、かなりその人間性に作用するのよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人を疑うことから起因する人間関係の難しさ

 

このコミュ障を誘発する原因は、至る所で考えられているが…。

Omochiは人を疑ってかかるところこそ、自身のコミュ障を誘発させる大きな要因になる。

先日はどんな相手でもどこかしら人を疑うことを頭の片隅に入れると締めくくった記事があったが、拗らせすぎるとコミュ障に発展します。

どちらにせよ極端なのは、本人を苦しめる大きな原因になってしまうのよ。

 

これが発生してしまうとどうなると思う?

一部の物凄く親しい人(例えば、家族とか友達とか)はともかく単なる顔見知りから、素知らぬ他人までありとあらゆる相手に及ぶね。

それこそ、自分の目に強力なフィルターがかかっているみたいに。

 

 

そっけない会話を交わそうにも、ものすごくいろいろ考えてしまうのよね。

大体こんな感じ。

こっちから話しかけようとする直前に

どんな話題を振るべきなのか、変に思われたくないようにチョイスしなきゃ…!。あ、でも失敗したらどうしよう…。露骨に嫌な顔されたくないなぁ…。

逆に話しかけられたとき、

早く返答しなきゃ!。どんな内容で返したらいいのか…。この後の会話をどういう風に誘導したらいいのか…。ああ、失敗したくないなぁ…。

一例だけど、似たようなことを考えている場合が多い。

 

 

現在、Omochiは一年ちょっとの間職場の同部署の人達に対して、常にこんなことを考えています。

スゲー疲れるし、しんどい。

あほらしく思いつつも、どうしても中々頭から抜けない。

おかげで

「もはや必要なこと以外喋んないほうがいいのか?」

と極端な結論に至ってしまう。

おかげで、部署の厄介者だよ><。

 

 

 

 

 

 

 

物凄く会話に気を遣って考えすぎてしまう

 

相手に対する配慮をしようとすると、どんどん袋小路に入って言葉を口から出すのが遅くなるあの感覚。

こうさせる原因って、「他人の目をかなり気にするから」しかない。

誰からどう思われているのかが、四六時中気になって仕方なくなる。

 

もちろん、こう思い始めた理由は今までの人生にある。

やはり人間関係に悩む原因を生み出したのは、人間関係だっていうことも考えてみて分かったね…。

人間という生物において、永遠に悩み続ける事柄であろう…。

 

 

 

人間関係で苦しむ原因をつくった学生時代

 

昔は性格が中々に悪かった(特に中学生時代)うえに、周りで“いじめ”をしているシーンをよく目にしていた。

というか、実際に自分が受けている時もあったなぁ…。

その時の話は、また別記事で語ることにしよう。

 

 

まぁ、そんな経験があったもので

「集団に嫌われると、非常に厄介で困ったことになる」ということがわかったんだよね。

ただあの時と今じゃ周りの環境や人も違うから、一概にういた存在が良くないとは思わなくなった。

しかし当時は、一人で行動するのにものすごく抵抗があったために常にどこかの集団に属していないと落ち着かなかったくらい。

だから、嫌われないために会話をする相手のことを考えすぎる悪癖が身についてしまったのよ…。

 

そのことで悩んでいたのを両親は知っていたため、何度も

「嫌ならその関係を切ってしまえばいい」

とアドバイスされた。

だが当時のOmochiには、そんな恐ろしい選択肢を採るなんて言う考えは一切なかった。

 

今は嫌な相手は極力関わらずにバッサリ切ることくらいは、できるようになっては来たもののよっぽどのことが無い限り嫌われたくないのも事実。

敵を作れば作るほど、後々になって面倒になってくることを考えると無害な存在でありたいと思ってしまう(特に職場にいるときね)

それが悪い方向に作用して、会話をするときにいろいろ考えすぎてしまって結果喋らないと言うことになってしまったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

不愉快にさえさせなきゃ、問題ないね

 

これから、脱却する方法はOmochiなりに考えてある。

それは、

「そもそも全てにおいて好かれるなんて、無茶な話。もちろん最低限の配慮は必要だが、基本的にもっと自分のことを考える割合を増やす。」

とね。

 

とりあえず最低限相手を不快にさせないようにしゃべる方法を、学んでいく。

どこが相手にとっての地雷なのか、そこさえ覚えておけば後はどんな話題を振っても基本は問題ないはず。

 

例えば、自分の健康についてあれこれしゃべっている最中に全然野菜を食べない人が居るとする。

そこで振ってはいけないのが、「だから野菜を食べない人は~」みたいな否定の言い方。

逆にいえば、野菜のおいしさを語るみたいなプラスの方向からアプローチすれば少なくとも不愉快になることはないよね?

人間は否定されるより、肯定されるか別方向から提案型の話を持っていけばマイナスには受け取らない。

そこを突いていくのがポイントかな。

 

 

それを繰り返していけば、自然とダメな会話は回避できるようになるはず。

それと、関わる相手にはそもそもドライであるべきだと頭に強く刷り込ませておくこと。

特に職場の人相手だと、20年も30年も一緒に居るような相手はほぼいないので。

駄目なら極力関わらなきゃいいだけの話だし。

必要な事務的の会話だけで十分なら、それでうまく運ぶはずだしね。

 

 

こればかりは、臆せずいろんな人と接して経験値を溜めていくしかない!

何事もチャレンジだ。

だからなおさら、失敗が聞きにくい会社以外で経験を積みたいものです…。

 

 

 

 

 

今回はここまで。

どの年代でも、誰でも本当に人間関係は悩む。

だって当事者が自分だけじゃないからね…。

だから、本人だけで解決できる範囲がすべてではないところが非常に厄介。

うまくできたときの喜びはひとしおなんだな!

いっちょ、頑張ってみるか!

 

 

 

 

コミュ障なんぞ、ただの思い込みだ!

打ち破れ!