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【悲惨な結末を回避せよ】独身オタクの想像できる悲しい人生を、全力で回避しながら生きていく

  • 2018年8月28日
  • 2019年2月20日
  • 考察

 

 

 

 

サブカルチャー大好きな紳士淑女の皆さん。オタク活動楽しんでますかね?。Omochiは好き放題やっていてとっても楽しいでございます。アニメをみてゲームをやって、痛部屋つくりにはまり始めてグッズを買いあさって…。見事なまでにどっぷりはまっております。(決してヘビーユーザーではないはず…多分)

 

 

しかし、先日その楽しさに水を差すような話が。「独身オタクの悲しい末路」を描いたニュース記事を見てしまってね…。げっそりしてしまったのだが、このままだといずれは向き合うべき内容だと思ったので今回はそれについて語ります。行きましょう。

 

 

 

 

オタク人生に、一遍の悔いも残さない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オタクに待ち受ける、悲しい出来事かもしれない?

 

サブカルチャー文化が発展してから、実に色んなところで身近に見かけるようになった。

街中の看板や、イベント×コンテンツのコラボ、どう考えても接点ねえだろと思うようなイケイケなパリピにも浸透している節がある。

それほどまでに、サブカル文化は世の中の人たちの目に留まるようになってきた。

 

 

とはいえね、世のオタクに対する偏見の目は相変わらず厳しいものがある。

確かに同類から見ても、救いようの無い気持ち悪いやつは居る。

そればかりは、全く否定が出来ない。

でも普通に過ごしている分には、そうそうそんなことにはならないのでぜひとも温かい目で見てあげてほしいです。

 

しかし、その偏見の目は早々簡単に覆るものではなくひいては人生のイベント関連にまで影響するかもしれない。

独身となったオタク(特に男)は、先日の記事でもメンタルが弱くなりがちと書いたように悲惨な結末を迎えるかもしれないのだ。

それはなぜなのかを、自身もオタクであるOmochiが考えることをお教えします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要は何も成長していないから、振り返ると空しくなる

 

何も対策を講じない独身オタクが迎える末路って言うのはね…。

飽くまでOmochiが考えることだという前提でね。

それは、「日々コンテンツを追いかけて消費するだけの毎日を送り、後ろを振り向けば胸を張って何かを残したと言えない」

からなんだよね。

例えばさ、大量の漫画やフィギュアなどを買いあさって満足していたとするでしょ。

しばらく経って歳をとったときに、果たしてそれを使って自分は何か成長したと言えるか?ってことよ。

 

人間って、自分で考えたり体験することによって体の中に眠る精神を成長させていく生き物だ。

コレも別記事で語ったことだけど、逆に考えることをやめる状態が続くと鬱の前兆だとも言われる。

 

ある程度の年齢になったときに、自分のやってきたことを振り返ってみると…。

・単にアニメが好きだから、ぼーっと見て楽しんでいるだけ

・漫画も買って面白いから読んでいるだけ。

・グッズを買っても、有効活用するわけではなく買って満足

みたいな事ばかりやってませんか?

 

もちろんコレをやっているときって、一時の快楽を得ているわけだから本人はすごく楽しい。

しかしそれって、単なる消費をしているだけに過ぎないんだよ。

自己の成長には殆どつながっていない。

 

そのようなことを繰り返している日々をすごしているからこそ、オタクは性格が理解されなくなる一因でもある。

少し一例を出してみると

・気に入らないことがあると、すぐにキレだす

・相手の心情や気持ちを読み取ろうとしない

・他に経験が無いため、歳不相応に考えることが幼稚

などといった、子どもじみた欠点が数多く挙げられる。

 

 

そうして周りから人が離れ、自分も精神的な成長を見せずに歳をとり気がついたら空しい人生だったってオチなんだろう。

…自分で書いてて、すごくグサグサ刺さるんだけど(泣)。

 

 

 

 

 

何でもいいから、他者に情報や価値を届けろ!

 

単に消費をするだけでは、何の成長にもつながらないことはよくわかったでしょ?

じゃあ、そんな空しい人生にならないようにどうしたらいいのって事なんだけど…。

 

シンプルに、消費するだけの人生にならなければいい。

なにもオタクであることを隠したり、辞めたくないのに趣味を手放す必要はどこにも無い。

てか、せっかく楽しく続けてたのに自分の意思と反するのはストレスためるぞ。

オタク趣味を続けてた人間が辞めるのは、サブカル界にとってもマイナスだ。

 

 

まぁね、どういうことかというと好きなことを発信すりゃあいいんだよ。

消費だけしかしてないと、こうなる流れ。

コンテンツを楽しむ→自分の中で色々感じ取る→次のコンテンツに行くetc…

といったループになる。

コレが発信を含めるとこうなる。

コンテンツを楽しむ→自分の中で色々感じ取る→ネットでもリアル友達でも、自分の考えを発信する→相手の意見を得ることが出来て学びにつながる→今まで興味がわかなかったことや新たな考えを感じることが出来る→次のコンテンツを様々な観点から楽しめるetc…。

 

 

そう、自分の考えを相手に伝えることによって得られる・感じられることが数倍にも及ぶわけだ!

もちろん自分だけでなく、相手だって全く同じことが言える。

お互いに新たな興味や考えを刺激させる、いい材料になるんだよ。

 

実際さ、興味のあるゲームやアニメについて他の人がどう感じたかって気になることあるでしょ?

レビュー系記事が大いに参考になるのと、本質は全く同じ。

そこにその人の個性が感じ方や考えに現れるから、見ていて非常に面白い。

それを自分で発信する側に回ったらどうなると思う?

 

周りに共感してくれる人が増えるかもしれないって事だよ。

自分の意見に耳を傾けてくれる人が居るってうれしいだろ。

それが自分を成長させる糧になるわけなんですよ。

 

 

例えオタクだろうがなんだろうが、人間的に成長し魅力に移る部分があれば少なくとも空しい人生にはなりにくくなる。

Omochiはこのブログを始めた頃は、んなこと微塵も考えていなかったが考えてみて真理はある程度突いていると思うよ。

どうでしょうか?

 

 

 

 

 

他人に価値や情報を与えられるオタクが、サブカル界で重宝される

 

今のOmochiは全然その領域まで行っていない。

ブログ含め、自分の周りの人間の価値観を変えられるようにならないと実感はしないだろう。

しかし、形は何であれ情報を発信し続けるってきっといい結果をもたらすと信じている。

二十数年後に振り返ってみたときに、今やっていることがきっと何かの実を結んでいるはず。

そのときになって

「ああ、オタクだったけど巷で言われる悲惨さは全然感じなかったな」

と思えるようになりたいですわ。

もちろんコレさえやれば、必ず回避できるとは言わないけどやらないよりは全然いいでしょう?

 

繰り返して繰り返して、気づいたときには全然悲惨じゃ無かったってのが一番いい。

だから悲惨な結末を迎えたくなきゃ、他人に情報や価値を与える行動を起こすべきだ!

オタクである限り、ここからは逃げられないから続ける意思があるなら立ち向かえ!

 

 

 

 

 

今回はここまで。

ニュース記事を読んだときに、あまりにも悲壮感漂いすぎる内容だった。

でもそこに書かれている解決策を見ると、ブログを始めてから意識する内容ばかりだった。

やっぱり自分から声を挙げるって、大事ね…。

 

 

 

 

オタクだって、幸せな人生を歩む権利はある!

そのために労力を惜しんではならぬのだ!

諸君よ、前を向け!