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【確かに正論でもある】”若い時の苦労は買ってでもせよ”って聞くが、それは字面通りに受け取らずに考えよう。

  • 2018年10月26日
  • 2019年2月21日
  • 考察

 

こんにちわ。Omochiだよ。

 

 

普段OmochiのTwitterを見てくださっている方は、なんとなくわかると思う。どれだけ欲に忠実なつぶやきをしまくっているかというのを。あんなんでも、20代半ばの(一応)大人なんですよ。ネットではいつもあんなノリな感じだけど、実生活じゃあそれはそれはいろいろなことについて苦悩しているんだよ。

 

 

そこでね、各所で言われている若者に対する自戒の言葉的な意味合いでよく使われる「若い時の苦労は買ってでもしろ」ってやつ。あれに関して、現代の若者が聞くと結構難色を示す人が多いと思うんだ。もちろんOmochiだって、字面通りに受け取るとものすごく嫌な気分になるんだけど、今回はそれについてちょっとじっくり考えてみたいと思うよ。行きましょう。

 

 

 

苦労ね…、ぶっちゃけめんどっちいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この言葉の意味とは

 

普通の人生(といっても人それぞれだが)を歩んで、社会人となった方なら誰でも一度くらいは聞いたことがあるだろう。

もしくは、近しい人から直接言われたこともあるかもしれない。

“若い時の苦労は買ってでもせよ”

 

 

読んで字のごとく

人生のうちに年齢が若い時には、色んな苦難に自ら飛び込んでいけということだね。

その苦難は、これまた様々な種類があってその人に降りかかってくるので一概にこんな苦労をしろっていうものがあるわけではない。

何か病気や身体的キャップを乗り越える必要があったり、様々な経験を苦い思い出と共に積んで自己鍛錬にするとかそんなあたりかな?

 

 

この言葉に賛成できるかどうかって、やっぱりその人の価値観次第によるところが大きい。

Omochiはこの言葉を聞いたとき、ぶっちゃけ正論だなとは思った。

ただし、手放しにその言葉を真正面から受け止めたくはない。

 

別に若い時に限らずだけど、人生の中で苦しくあえぐ期間って誰でも存在するだろうからバイタリティとパワーがあふれやすい若い時がターゲットにされやすいだけでさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この言葉の裏に隠された邪悪な本音が…

 

正論だとは言ったが、字面通りに受け取るべきではないと思った理由がもちろんある。

特に40代以降の所謂“昭和気質”の考えを持っている世代には、絶対に言われたくない言葉の一つって思うくらいだからね。

 

そう、あの言葉の裏には大抵

「こう言っておいて、若い奴に面倒なことはさせて自分は楽をしよう」

っていう魂胆が見えて仕方ないからなんだよ。

これをわかっている上で言い放つのは最低で極悪な性格の持ち主であるが、逆に無意識でもこういう意図をもって言い放つ人間も非常に厄介。

 

 

特に古い体質の会社に入ったら、そういう人間が上になってしまう可能性は高いから若い人側は一方的に被害に遭いやすい。

上の本音を大義名分として、下に着いた人間に面倒事を押し付けようとするから非常に迷惑。

これが真正面から、字面通りにOmochiが受け取りたくない大きな理由なのよ。

 

正直なところ、特に会社の人間に対して(同期以外)はまぁ全然興味がわかない人間であるOmochiは結構冷めた目で相手を見ることが多い。

もちろんあまりにも淡白な対応は後々面倒なことになるから、多少は合わせるけど基本的に面倒だから突っ込みたくない。

だからあの隠れた本音を含ませて、さっきの言葉を言ってくる人間が非常に下らなく見えて仕方なくなる。

 

 

それだったら、もっと別のところで尊敬できそうな人に言ってもらったほうが心に響く。

 

 

 

 

 

重要なのは自分の未来につながる苦労だ

 

まぁまだ社会人経験2年目の人間が言うなと言われると、その通りかもしれないけどやっぱり言わせてもらいたい。

 

字面通りに受け取るなとは言ったけど、あの言葉に関してはその通りだなと思っているのはさっき言った通り。

その通りだなと思ったのは、自分のため(未来)につながるような行動をする際に伴う苦労だったら正論だなってこと。

 

 

例えば会社で仕事をする際に、苦労をする=仕事を覚えるとか作り出すってことだとするでしょ?

それって、どこまでが自分の経験やためとして跳ね返ってくるかな?

もちろん0なんてことはないだろうけど、全てが自分に戻るとは思えないんだよね。

あくまでも会社内でやる苦労だから、全てに自分の裁量が及ぶわけではない。

とすると、その苦労も1から終わりまですべて自分が関わるかと言ったらそうじゃないでしょ。

 

 

といっても、まだ跳ね返ってくる分があるだけ良いとは思うんだけど、中には単なる利用をされて終わる苦労も存在するわけで…。

一種の雑用とか、正直誰でもできるようにマニュアル化された仕事とかね。

それ自体存在するのは良いとしても、関わったところでどこまで自分のためになる苦労なのか不明瞭すぎるんだよ。

 

 

 

 

そうじゃなくて、1から全て自分で作り出すものがいい。

Omochiの場合はこのブログが一番わかりやすいかもね。

全て自分でやって、その結果が自分にダイレクトに跳ね返ってくるから考えることはかなり多い。

 

どうすれば人に見てもらえるようになる?

何をすればいい文章が書けるようになる?

どこを弄れば、収入が手に入る?

どこに検索口を配置すれば、同じ価値観を持った仲間を見つけられる?

 

ここの試行錯誤は、まさしく苦労と言ってもいいんじゃないかな。

実際に結果が出ない間は非常にもがき苦しむ羽目になるが、それはそれで自分だけしかできない苦労の一環ととらえられるし。

それにしばらく作り上げた先には、もしかしたら今では考えられない未来が自分に待っている可能性だってある。

 

 

 

そこに種をまいておけるのは、確かに若いうちが一番適任と言えば適任。

後になって上手くいっても行かなくても、残りの未来の人生の長い間は必ず何かしらの糧になるだろうし。

だから若いうちにいろいろ考えて、実行してその人にしかできない苦労を味わっておくってのは理にかなうと思うのよね。

苦労自体はどの歳になっても、面倒事に首を突っ込めばいくらでもできるがそれに費やせるパワーの総量は、どうしても若い時のほうがリソースは使えるし。

(お金に限っては、その限りではないが不可能でもない)

 

 

 

 

 

 

だからあの言葉自体はその通りってわけよ

 

そう考えるから、“若い時の苦労は買ってでもせよ”ってのはその通りだと思うのね。

ただし、それをその言葉通りの意味に受け取るといいように使われるだけだけど。

 

そうならないためにも、どの苦労が一番自分にとって将来の力になるかってのは常に考える癖をつけておかないとね。

ほら、人間に生まれたからには考えることが出来るし感情も持ち合わせているのでそれを組み合わせると色んな化け方をするでしょ?

せっかくある能力を、使わないなんてとってももったいないしどんどん腐っていく一方だよ。

 

 

 

だから確かに苦労はしておいて、後々損はないのは分かった。

最終的にはその人がどう考えるか次第によるけど、全力ですべてを回避しようとすることだけはやめたほうがいいよ。

全部でなくても、ある程度の困難には真正面から立ち向かってみると意外と燃えてくるかもしれないだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回はここまで。

とにかく何も考えずに、言葉の意味を受け取るべきと受け取ってはいけないときがある。

相手に言われたこと・一般的に言われていることで真っ二つに分かれた時あなたが感じたままに受け取り方を変えてほしいと思うよ。

 

 

 

 

あんたらに利用されるための苦労なら、死んでもゴメンだ。