「お前みたいなの絶対部下にいらないわ…。」
最近お兄様と仕事の価値観について話した時、吾輩が言われた言葉だ。
これだけ聞くと、シンプルに酷い言われようである。
本記事投稿時点で、吾輩は約5年ほど社会人として過ごしてきた。
ただね、日を追うごとにちょびっとずつ強く思ってくることがあるのよ。
「本業の仕事は正直適当でいいや」
吾輩は、やらなきゃいけないことさえやれば後はどうでもいいと思ってる。
余計な+αに割く労力なんか、1mmたりとも必要なくない?
本業の仕事はぶっちゃけ適当でいい
多くの人は、学校を卒業したら社会人になる。
高校だろうが大学だろうが、この事実に違いは無い。
そして社会人になったら、どこかの企業に勤めるのがよくあるパターン。
最近は最初から起業、フリーランスの道が増えてるらしいが中々実感がわかぬ。
まだまだ社会人のイメージとしては、会社に出勤するってのが強いからね。
そこで働き、日々の給料を得ながら生活する。
働く形態はどうであれ、ごく普通の社会人象と言ったらこれだよね。
朝に出勤し、帰ってくるのは早くても夕方以降。
夜は思い思いの時間を過ごし、また明日に備えて寝る。
平日はこの繰り返しだ。
んで、これがいわゆる本業のお仕事タイムだ。
それとは別に、副業に時間を使う人もだんだん増えてきてる。
がしかし、日中の活動時間はほとんど本業に充ててるでしょう。

ただ、本業の仕事へ常に熱心な取り組みをしている人は本当に少ない。
数年前に見たデータで、先進国の中で日本人は仕事へのやる気が超低いらしい。
なんてことも目にしたっけな。
実際自分が仕事人として、身をもって体感してるからね。
そこでふと思ったんだ。
「会社員って、何を熱心にやることがあるの?」って。
吾輩、会社の仕事はやるべきことだけやれば残りはどうでもいいと思うよ。
それより、自分からやりたいことに首突っ込んで時間をかけたほうがいい。
会社に自分から利益をもたらそう、っていう考えが理解できん。
もちろん本心からそうしたいっていうなら、それはそれでいいと思うけど…。
本業で頑張ったところで意味はあるのか
会社の利益を生み出すのは、たった2割の人間といわれる。
いわゆる”働きアリの法則”で、残り6割は普通・2割はむしろ足を引っ張る存在だ。
この利益を作れる人は、一言で言えば有能な人間のみができる芸当。
それ以外の吾輩を含めた凡人、あるいは能力が低い人には不可能な話だよね。
今まで20数年生きていれば、自分が有能か低能かはなんとなくわかる。
残念なことに、吾輩は働くことに関して言えば中~低能よりの人間だ。
ということは、会社で利益を生み出す側の人間には高い確率でなれない。
今後変わる可能性も無くは無いが、非常に薄いし自分自身に期待もしてないよ。
つまり成果が上がらんから、特に会社で評価されることも無いんだよね。
最初からあきらめムードだから、そりゃそうなのは別に否定しないよ。
吾輩みたいな社会不適合タイプ、同じような思いの人いるんじゃないかな。

すると今度はこう考え始める。
「高評価まで自力でいけないなら、別にこの仕事熱心にやる必要なくね?」
情けないかもだが、評価される土台まで自分で持っていく気が起きないのだ。
がんばっても99%無駄骨になるのが怖くて。
これで段々適当になってくる問題児の出来上がり、っていう寸法ね。
有能は有能でしんどさが半端じゃない
吾輩自身、低性能な人間なので有能な人の気持ちはわからん。
ただ身近に、妙な有能性を持つ男が一人サンプルとしているのだ。
冒頭にあのセリフを吐いてきた、吾輩のお兄様なのだが。
彼は一般的な学歴こそ普通だが、やたらと頭の回転が速い。
そのおかげで知識の吸収や、仕事の覚え方もスピード感がある人物。
これが功を奏し、今は国内のとある超有名企業に勤めるエリートなのだ。
口も達者だし、他人に厳しいが自分にも厳しい人物なので人徳がある…らしい。
この手のタイプはどうしても低能な吾輩とは、考え方が真逆になりやすいんだよね。
じゃあ有能だから、会社員だと楽しく仕事ができるのか?
と聞かれると、正直そうも見えないのが悲しい現実なのよね。
仕事ができる人は頼りにされる一方、めちゃくちゃ仕事量が多い。
必然的に労働時間も長い傾向にある。
ざっと見積もっても、彼の場合は確か月の労働時間が200くらい。
所定労働時間が8×20日=160だと考えると、残業がだいぶ長いよなぁ。
毎月協定に引っかかりそうで、人事から警告食らうって言ってたし。
更に頼りにされる分、他の人のヘルプ量も尋常じゃない。
部下・上司・他部署や取引先問わず、会議量が多いのもその証拠。
管理職じゃないのに、かなり重要な立ち位置らしい。
ストレスが溜まる板挟み状態なんて、いつものこととかおぞましいわ。

こういう例を身近で見ると、余計にさっきの考えが思い浮かぶ。
「そこまで無理して会社に捧げる意味、どこにあるんだ?」と。
たぶん本業にやりがいがあるから、頑張れてると思うけどさ。
少なくとも吾輩は、そういうのが無いため全く共感できない…。
常にフルスロットルだと思うから、いつ倒れるかのほうが心配なのです。
会社員という制度に守られてるから動かない
やりがい自体は、一つ直接なモチベーションにかかわる。
それ以外にもう一つ、仕事が適当でいいストレートな要因があるんだよね。
会社員は、よっぽどのことが無い限り首を切られないというもの。
まぁ会社に守ってもらってる側面の一つだ。
さすがに犯罪を犯したとか、意図的に損害を与えたとかならダメだよ?
それは普通に懲戒解雇になるようなことだから。
そうじゃなく、とりあえず必要なことさえやれば解雇は普通されない。
本人の熱意があろうがなかろうが関係なくね。
日本の企業はそういう風土なんです。
外資系や、成果主義の会社はその限りじゃないが。
つまり、極端に輪を乱す行為をしなければ大丈夫。
多少適当に仕事をこなす分には、一切解雇事由に抵触しないし。
常時肩を張ってやる必要はどこにもないのよね。
だから吾輩は、仕事中にブログの下書きを作っていたりもする。
最低限のことだけは必ずこなす
ただどこでも言われてるけど、やらなきゃいけないことはきちんとやる。
そこは責任を持ってこなさなきゃいけないよ。
適当≒なにもしないみたいになるけどそうじゃない。
全ての作業に対して、全力で取り組まなくても大丈夫ということが言いたいのだ。
ちゃんと片づけない感じの適当さは絶対ダメ。
これでも会社から給料をもらっている身。
当然担当している仕事には、自分自身の責任が付きまとうのは普通のこと。
というか道義的に、やらなきゃいけないことはこなすべきでしょう。
サボりはいずればれる。
そしておざなりすぎる仕事も、適当な感情が簡単に見透かされる。
その後待つのは、非常に厳しい視線の数々だ。
まさに針のむしろ状態になるので、却って辛くなるよ。
割り振られた仕事はつつがなくこなす。
その過程で要所要所、適当でも大丈夫なところを見つけるイメージ。
無事に終われば正直なんでもいいです。
何か問題があれば、その時は全力で対処すりゃいいだけの話。
それだけは忘れちゃいけない。

”適”度に力を抜ける”当”たりを探そう
本業の仕事、心からやりたいことに巡り合えるのは非常に稀。
ほとんどの場合、生活のためにこなしている人たちだ。
吾輩もそうだけど、こういうケースなら無理に頑張る必要は無い。
こっちの仕事は、ある程度適当にこなせるくらいが一番労力かからない。
それ以外の+αは、やりたい人がやればいいんだよ。
必ずしもやる必要があるとは全く限らない。
吾輩みたいな考えを持つ人は、自宅で好きなことに全力を出したほうが有意義。
趣味を究めるとか、何か勉強するとか、新しいことにチャレンジするとか。
気になったことをなんでもするといいね。
吾輩の場合、基本的に持ってる趣味を追求しておりますよ。
それをブログで発信する、っていうのがいつものパターンだ。
会社の仕事だけに忙殺される日々にはしたくない。
そんな思いから、仕事は仕事できちんとこなしつつある程度適当に。
家に戻って趣味時間になったら、むしろ本業より力を入れてガンガン行く。
こういうお仕事スタイルも、人によってはいいんじゃないかな?
バリバリ働きまくるだけが人生じゃないし。

今回はここまで。
何に全力を出すリソースを突っ込むか。
ここは人によって、重きを置く観点がかなり変わってくると思う。
もちろん、本業に精を出すこと自体を否定するつもりは無いよ。
吾輩がそれにイマイチ共感できない、社会不適合者だからね…。
今日もお仕事はちょうどよく適当にこなしてさっさと帰ろう!