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自分の手でけりをつけるな!。”自殺”は最も重い自傷行為であり、すべきでない。

  • 2019年1月4日
  • 2019年2月21日
  • 考察

 

生物にとって避けられないものは「死」だ。

動物だろうが植物だろうが、コレばかりは一番最後のゴール?として絶対に回避のしようがない。

珍しい、100%おこる公平な出来事の一つであろう。

 

 

そんな「死」というテーマだが、それについて大きなことが一つある。

そう、自殺”についてだ。

Omochiは自殺について、絶対にやってはいけない行為だと考えているよ。

 

 

さぁ、いまこそどうすべきか考え直せ!

 

 

 

 

 

 

 

 

若者、中年、お年寄り問わずに背後に迫る

 

さっきも言ったように、生物にとって避けられないのが死”だね。

当然動物の一種である人間にも、しっかり適用される覆しようの無いことわりだ。

どんなものでも、最終的にはいつか死ぬ。

 

しかし生きてから死ぬまでの過程においては、それこそ途方も無いパターンに分かれる。

そして死ぬときのパターンだって、色々な形があるよね。

病死、衰弱死、餓死、溺死など死に方によっても、全然違う。

まぁなんにせよ、人生の終焉における出来事なのであまり深くは考えたくないのが普通だけど。

 

ただそれを言ってしまうと、今回の話が成り立たない。

その死に方の中に自殺”というパターンも、十分に考えられる。

文字通り、これは自分を殺す行為のこと。

生物の生命活動を、自分の力で止めてしまうことを指す。

 

 

自殺と言うと、よくある理由が

「生きていることのほうが辛くなったから」

というのを耳にする。

しかし、理由はなんであれ自殺をするのは本当にもったいないし愚かな行為だとOmochiは思うよ。

人間が行う行為の上では、やってはいけないことの中の上位に位置すると感じるぞ。

 

 

 

 

 

 

 

自分の意思で死んじゃったら、何もかも意味がなくなる

 

そりゃあね。

闘病の末に亡くなってしまったとか、不運にも事故や事件に巻き込まれて亡くなったとかなら…。

何も自分の意思で、生きることを止めた訳ではない。

当然だね。

もちろんその原因を作ったものに対して、基本的に強い憤りを隠せなくなるが…。

 

 

そうではなく、問題なのは死へ向かう手段が自殺”なのは基本的にマイナス要因にしかならないからなんだよ。

それをやった時点で、自分は当然周りの人たちへ与えるであろう将来への影響も全て完全になくなる。

いい影響だろうが悪い影響だろうが、そこはそんなに関係ない。

あなたがいるからこそ生まれる要因が、全て無に帰してしまうと言うことがよくないんだよ。

 

 

あなたが存在することによって、新しい人のつながりが出来るかもしれない。

あなたが存在することによって、将来生まれてくる子どもが居るかもしれない。

道端で困っている人に、何の気なしに手を差し伸べて助けられるかもしれない。

もしかしたら、今まで考えたことの無いくらいの成功を掴み取るかもしれない。

 

生きてさえすれば、無限の可能性がいたるところであんたを待っているかもしれない。

しかし死んじまったら、おしまいだろ?

全ての希望や可能性を信じずに、目の前の現象に絶望して自殺したら後に残るものはいったい何?

自分には何も残らないし、残された周りの人間は深い悲しみを背負うことになる。

ましてや自分で死を選んだとなったら、その悲しさも普通よりも倍増されてしまうだろう。

 

 

 

なぜあいつは自殺をしたのか?

なにに悩み、深い絶望を抱えてきっかけを作ってしまったのか?

話してくれなければ分からないのに、話してくれなかったのはなぜなのか?

話したくないほど、周りの人間すらも信用できない状態だったのか?

もっと他に取るべき行動があったんじゃないのか?

自分たちを残して自殺をしてしまうなど、こっちの気持ちは考えられなかったのか?

Etc…

 

 

このように周りを人間を、様々な疑問と信頼されなかった悲しみが多い尽くす。

実際にテレビのニュースやドキュメンタリー番組で、自殺を扱う場面を見たとき。

亡くなった人間に近しい人物(親や兄弟、すごく仲のいい友達)の悲痛な叫びは、テレビのカメラを通していてもひしひしと伝わる。

通っていなかったら、コレの数倍は悲痛な言葉がつむがれていることだろう。

それほどまでに、自殺によって周りの人間へ与えるダメージは大きい。

 

 

総じて、自殺を選ぶと言う行為は自分と周りを全て台無しにする可能性が高いということが分かるかな?

そもそも人生は不確定な出来事しかないわけだし、旨くいく保障なんてどこにも無いけどリタイアしたら全部の可能性は0だ。

人生のリタイアと言う意味で、自殺は本当に愚かな行為じゃないか?

 

 

 

俺も自殺を考えそうになったことは過去にある

 

このように自殺については、どんだけ苦しい状況にあろうが否定的な考えを持っている。

といっても、自分も過去にそんな経験があったところか基づいているよ。

 

 

なんというか、本記事執筆時点で25年間生きてきたわけだが…。

生まれてから現在までの間に、大きないじめを2回受けたことがある。

 

そのときの細かい経緯を全てここで文字にすると、大変長くなる。

なので大雑把にいきさつを書いて、細かい内容は別記事にしておくよ。

 

 

 

 

忘れもしない。

1回目の人生の暗黒期は、小学4年生だった頃。

簡単に言うと、1年間俺VSクラス全員とかいうわけわからん状態で過ごしておりました。

その中でも、かなり厄介な3人組に常にいじめられていた。

ほぼ1年中ずっと嫌がらせをされていたので、マジで不登校になる寸前な状態だったんだよね。

うっすらと、もう学校も嫌だし何もしたくない=死ぬしかないと子どもながら思っていた…。

 

 

しかし、家族の(母親に説教兼激励を食らった)おかげからか、妙な反骨精神が育ったみたい。

その辺はあんまり細かく覚えていないのだが、意地でも学校は通っていた模様。

やっぱ自分の手で人生を終わらせるような行動はだめだろうと、無意識にでも感じ始めていたんだろう。

なんとか乗り切れたよ。

 

 

 

次は中学1年生の頃。

1年丸々ではなかったが、確か冬ごろの出来事だったかな。

男友達同士でも派閥みたいなのが出来ていて、Omochiもあるグループに入っていた。

のだが、いつの間にか同い年でも上下関係って出来ているものだよね。

気づけばパシり、ストレス発散?の対象にされておりました。

 

 

だいぶ教師たちのほうでも問題視されていた、そのグループは数ヶ月の戦いを経て解体されました。

その間も、嫌なことはいっぱいあったけど不登校にもならずに済んだ。

以前のことで多少ながらも耐性が付いていたからか、自殺の言葉は一切頭をよぎらなかったね。

 

 

「なんで他人に嫌がらせされたくらいで、俺が死ななきゃなんないの?」

と、開き直っていたほど。

もちろんやられている間は、精神的にもかなりきつかったのは覚えているけど。

そこで死を選んだら、なんか完全に敗北を認めたのと同義かと思って。

自殺ほどばかばかしいものはねえな。

 

 

自殺だけはマジでやめろ。どうしようもないなら逃げるのも手。

 

とにかく言いたいことは一つ。

「マジで自殺と言う選択肢だけは絶対とって欲しくない」

それこそ本当に、死んでしまったら何もかもがそのまま終わりだからね。

 

仮に自殺と言う文字が頭をよぎりそうになったとき。

つべこべ言わずに、信頼できそうな人に勇気を持って相談しろ。

人間なんだし、基本的に言わなきゃ分からないよ。

まずはそこから乗り越えて、その後に打開策を見つければいい。

どうしても見つからない場合は、全速力でその悩みの原因から距離を置く。

逃げることも勇気なんだよ。

立ち向かうのが無理なら、いったん撤退して落ち着いたほうがよろしい。

そこはあなたに、お任せしましょう。

 

 

 

 

今回はここまで。

タイトルにもあるように、死んでしまえばそれで終わり=楽になるかもしれない。

しかし、生きることは多くの悲しみと戦うことでもあるが、それは人間として生まれたものの宿命だと思うんだよね。

だからそこから自分の意思で死ぬ=逃げるのはちょっとどうなの?って感じちゃって。

 

 

さぁ、今こそ物語を動かすときだ!