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【孤立無援に陥らないために】人間として生まれた以上、社会との関わりは完全に絶ってはならないのだ!

  • 2018年9月18日
  • 2019年2月20日
  • 考察

 

 

人間って、一人じゃ生きていけない。誰かの協力無しには生きている生き物ではない。親や友達などに、色んなお願いをされたりしたりしながら今まで生きてきたよね。そのかかわりはいわば、世の中=社会と関わると言い換えることが出来る。

 

 

今回は「どんなに嫌でも、人間は完全に社会から切り離されることは間違いなく不可能。それよりかは何かしらの形で社会とかかわりを持っておこうっていうことを語りたいと思います。行きましょうかね。

 

 

 

社会からはそうそう簡単には逃がしません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし10億円当たったらどうする?

 

以前、宝くじについてお話した記事があったでしょ。

あれで稼ごうとするのは大きな間違いだっていったやつね。

 

アレに関連するんだけど…。

すごいたらればの話になる。

見出しどおりの事になったら、あなたはどうしますか?

恐らく仕事を辞めて遊びたい放題するor今までどおりに生活するかで分かれる。

なんとも月給で働く人間にとっては、夢のあるお話だよね~。

もちろん、それ以外の方でも夢のあるお話であることには変わりがない。

 

 

でもね、そこで思った。

確かにそれだけの金額があれば、迷わず仕事を辞めたくなる衝動に襲われるね…。

だけどそれは本当に正しい選択とは言えないってか、言いたくない。

どんな形であれ、社会と何かしらの関わりを持っておかないと人間腐るよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社会から離れ、成長を手放すことになる

 

Omochiだって1年ちょっと働き始めて、もう何度仕事したくないと感じたか分からん。

これがもっとベテラン層の人なら、数え切れないほど思ったことがあるでしょう。

それでも世の中、我慢して踏ん張っている人はとても尊敬できます。

 

 

だから10億円当たったなんていう幸運が舞い込んだら、そりゃあ我慢して嫌なことなんかしたくなくなるのが人間ってものよね。

だって働かなくても、それだけあれば生きては十分いけるし。

(なんでも、日本人が一生遊んで暮らせるのがおおよそ5億円とからしいよ)

 

 

でもね、仕事を辞めて遊んで暮らす≒人間として成長しなくなる恐れを感じるのよね。

これって社会から離れようとするとごく一部(出家した人とか)の人間以外は、間違いなく腐る。

 

人間が成長しなくなる原因って、思考停止に陥るほかに無い。

色んなアイディアを出して、暮らしに遊びを取り入れるんだったら全然アリだよね。

だって頭の中で考えてるじゃん。

そうじゃなくて、ただただ考えずに快楽のまま遊びに身を任せるのがだめだって事なの。

考えなしにギャンブルやゲームにだけしか費やさなくなったり、目的の無い旅行に何べんも繰り出したり…といったことね。

 

 

今まで一生懸命仕事に注力してきた人こそ、急にその幸運を手に入れて流れで仕事を辞めるとこうなる可能性が高い恐れが…。

人間は油断したり気づくと、ひたすら楽なほうへ流れる生き物だから歯止めが効かなくなるよ。

非常に危険が危ないです!

 

 

 

 

ニート状態って、本当に人間が終わってく感覚がある

 

Omochiは世間一般で言われる”ニート”にはなったことが無い。

人生で一歩間違えばそっちに行ってた・成りかけた期間はあったけど。

 

特に成りかけた期間について、この人生が終わっていく感が如実に現れたね。

私立文系大学生で、これといって何の目的も無いまま大学生活をすごしているとこうなりやすい。

 

大学生って、よく人生の夏休みと揶揄されるように文系はよっぽどのことが無い限り忙しくない。

だからみんな思い思いのまま、遊び歩くパターンになることが非常に多いのよね。

一部のきちんとした目的を持っている大学生ならば、文系だろうがそんなことは無いけど。

 

だからやれパチンコだのマージャンだのネトゲだの…。

人によって手を染めるものは違うが、大体自堕落に過ごすことになる。

特に学年末テストが終わった、1年・2年・4年はこうなりがち。

(3年は就活に手を出す人間が大半なので、こうなりにくい)

 

 

自分もこの頃は、友達に誘われるかバイト以外だと殆ど一日中家に引きこもっていた。

良く言えばフリーター、悪く言えばほぼニートだったね。

家に一日居た日は、こんなことを思うことが多かった。

「また一日を無駄にした…。今日なんか、ためになるようなこととか生産的な時間をすごしたっけ?」

みたいなね。

もはやそこに存在している意味が分からないくらい、何か有益なことをした感じが一切しなかった。

お金も使わず、家にあるものを食べて電気代だけ消費して寝る…みたいな一日。

これって鬱のはなしみたいに、生きているとは言えないのよ。

抜け殻になった感覚を覚える。

“自分”と言う中身が無く、姿かたちをした皮だけそこに存在しているようなね。

 

こうなったら、人間で居る意味がそもそもねーわ。

仕事一辺倒で生きてきた人が、突然大金を手にして仕事を辞めたら間違いなくこうなるよ。

(元々仕事すらしていない人間ならば、救いようが無いとはこのこと)

 

 

 

 

ならばそのお金を使って考えなしの豪遊に耽るのではない。

新事業を自分で起こしてみるように新しい働き方を模索するとか、何かのスポンサーになってみるとか…。

まだ人生の経験が浅いからOmochiは大したことを思いつかないけど、とにかくどんな形でもいいから社会とのかかわりをどこかで持っておくべきだ。

 

 

 

 

 

どの年齢でも、本人の意思次第で成長はいくらでも出来るだろう

 

どの歳になっても、どんな環境に居ても成長を続ける人間って必ず存在する。

そういう人は、素直に尊敬されるべきだ。

仮に10億円手に入れたって、上手くコントロールして人生を謳歌する人のようにね。

 

 

そんな人たちこそ、今までの生活を大きく変えずに社会と関わり続けたか新たな道を歩むことに踏み切っている。

きっと様々な葛藤のなか、考えに考え抜いて出した結論で上手くいかせたのだろう。

そこに人間として、成長できるかどうかの種があるんだよね。

だから(キャリア形成とかそういうわけではなく)すぐに労働≒考えることをやめるのが、成長と言う観点から見て正しくないって言うわけだよ。

どう?、なんとなく分かった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回はここまで。

取らぬ狸の皮算用から、考え付いた話だが…。

結構真理を突いていると思うんだけど、どう判断されるんだろう?

個人的には、気になるところ。

 

 

 

仕事は辞めても考えることは止めるな!