記事公開日:2018年8月28日
最終更新日:2025年12月12日
吾輩はいわゆるオタク趣味を持っている。そこで定期的に頭をよぎるのは「この趣味、このまま続けて大丈夫なんだろうか?」
好きで続けているものだけど、自分の将来に重ね合わせてみると妙に不安の要因として上から襲ってくるんだよね。なんだかなぁ…。
今回はこの「オタク趣味の将来性について、不安が沸き上がってくる」のをテーマにお話ししよう。これ、世のオタク諸君同士はグサグサ刺さるかもしれない。
言いたいことは一つ。この趣味は“そのままだと単なるコンテンツの消費”で終わってしまうことが多く、これが不安の正体ではないか。
意外と受動的な趣味だからね。
オタク趣味の将来という終着点
オタク趣味というのは、二次元三次元問わず推したいコンテンツに対しての活動を行う。まさしく”推し活”を総合するような趣味。
好きなものにお金・時間・労力をおしまず応援し続けるこの時間は、我々オタクにとってはまさに人生を潤し、日ごろのストレスを忘れられる癒しを享受できる。

ただ、同時にふと思う。この活動をいつまで続けるつもりなのか。なんというか、一種の不安が頭をよぎることも十分にあるのだ。
結論から言うと、このオタク趣味に言い知れぬ不安を感じるのは基本的に、“使ったものが未来への資産になりにくいから”なんだよね。
オタ活を続けたからといって、何も考えずに快楽を目指して突っ走ると、後で何が残るんだろうという微妙な感情が頭を支配する。
まぁオタ活に限らないけど、趣味なんて究極を言ってしまえばどれもそういう面があるので、生産性を持ち込むのはナンセンス…。
と言われればそれまでなのだが、だからといって将来のことを無視できるはずもない。吾輩も年を重ねるにつれて、その辺が現実問題として考えないといけなくて。

話をオタク趣味に戻すけど、結局のところ満足感は高いが後に何も残りにくい、ってのは放置できない。そこを和らげないと、永遠に不安は付きまとうよ。
やっぱ生産性は大事にしたい。
不安の正体を細かくちぎる
不安そのものは大きな一つとしてあるんだけど、中身を覗くと数々の要因が集合してる。人によって細かな違いはあれど、大まかな部分は似通ってるよね。
一つずつそれらを分解していこう。まず一つはわかりやすいもので「いつか飽きる」なんてやつ。どれだけ好きなコンテンツのアイテムでも、人は飽きる瞬間が来る。
それがどのタイミングかがわからないし、来てしまったら最後。時間はともかくとして、残ったグッズ等はどうするんだと途方に暮れる未来が見えちゃう。

次はこのオタク趣味、年を重ねると他に優先すべきことがどんどん増え後回しになりやすい。仕事はもちろん、家庭を持ったら継続するのもかなり大変だ。
時間があってこっちに時間やお金を全部振れたときとはわけが違うので、この時にどうするべきかという取捨選択の悩みが大きくなりがち。困った困った。

心理的なことも考えるとオタク趣味を持つ人は、自分のこだわりがかなり強い。そのためハマりやすく、いずれ“世界の中心が趣味だけで埋め尽くされる”。
となると恐怖なのが、もし何らかの要因でこの趣味を失うハメになったら?。もはや人によっては依存してしまうレベルにまでなっている可能性もある。
もちろんこの趣味自体を悪く言うつもりは無いし、今でも吾輩はオタク趣味と付き合っているから捨てろとは絶対に言いたくないが…。
実物を見ると不安になる瞬間
言ってしまえば、今までオタク趣味を通じて集めたグッズは全部そう。とにかくグッズ類は、年単位の将来を考えたときに大きな不安を突きつけてくる。
吾輩であれば、好きな絵師さんのタペストリー・抱き枕カバー・同人誌・個人画集・エアガン・パソコン用キーボード・フィギュア・ゲームソフトなどなど。
一応ある程度整理はしているけど、中々の量をため込んでいるため、管理が大変。そして真に不要になったときとか、本当に考えたくないけどいつかは来る。



あなたもアイテムは違えど、自室や自宅に趣味で集めたグッズがたくさん転がっていると思う。特に数年前に集めたものであるならなおさら、微妙な感情がよぎるよね。
現時点でこの様々なオタク趣味に対して、どれほどの熱量が残っているのか。そして過去、一体どれだけ時間とお金をここに掛けてきたのかなどなど…。ああ、嫌だ。
楽しさを目的にしてたものが一転、将来の自分を苦しめてしまうかもしれないと考えると、すごく辟易してしまうのもわかってもらえると思う。でもこれが現実。
生産的趣味にシフト
まぁ好きで集めたものはしょうがない。コレクションはそのままだと、単なる時間・労力・お金を消費して自分の世界で悦に浸る。ただそれだけで終わってしまう。
じゃあそうじゃなく、何かこれを使って有効活用できないかと言われれば、真っ先に思いつくのは情報発信をすることだと思うよ。形は別にどんなことでもいい。
吾輩の場合はこのブログとあんまりメイン運用していないけど、SNSを少し利用して趣味の話をいろいろしている。特に当ブログの影響がすごく大きいかも。

ここではそれこそ趣味を通じて知ったテクニックや、商品のレビューなどを記事にしてできる限りユーザーの方に有益となるような情報をお届けするように頑張ってる。
それを見た結果、じゃあ実際にあなたが何かをするときの参考資料にしてくれれば嬉しいし、究極単なる暇つぶし用コンテンツとして使ってもらうのでも全然OK。
そういうスタンスでブログを運営し、たくさんの記事をたった一人で作るようにしている。これは紛れもない情報発信であり、能動的な行動の一つ。単なる消費じゃない。

他にもわかりやすく、今であれば動画を作って各プラットフォームに投稿するなんてのも王道。動画は動画ベースで、たくさんの人がまた別の角度で参考資料にする。
あるいは単純に趣味を通じて、面白いコンテンツを作るなんてこともしてるわけだ。やってるうちに、投稿主のスキルも色々上達してくるので、本当に消費で終わってない。
最初に触れた、趣味に生産性を突っ込むのはナンセンス…。という言葉も、吾輩は本当だったらそうは思ってない。むしろ、それで行動できる人こそ凄いと思う。
よく考えたら、こっちの記事でも途中で同じようなことを言ってるな…。それほど、趣味を生産的にするってのは重要なことだと把握してもらえるとすごくありがたい。
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趣味は捨てなくていいが
「オタク趣味って、自分の将来的にどう受け止めるものになるんだろう?」。こういう悩みは、その趣味に本気で熱中し長年付き合ってきたからこそ生まれる、強い悩みの一つ。
大事であればあるほど、自分の人生に深く食い込んできてるから余計無視できない。単に気持ちいい・楽しいだけの趣味は将来の安心材料にはなりにくいのは事実だ。
今後のことも嫌だけど考えよう。


理想を言えば無理に将来性を持たせるのも本当はどうかと思うし、楽しむ現実的なラインを自分で悩まずに作り出せるのであればそれがちょうどいい。
吾輩はなるべく生産的に!って考えにしたけど、必要ないと思うならそれはそれで正解だ。無理強いはしないよ。趣味なんて本来好きでやることだから。
今回はここまで。そりゃ趣味を全て生産性のあるモノに昇華できると、こんなこと頭を悩ますことなんて無い。難しいから困る…。